ちょっと忙しかったので更新をさぼっていたり、あえて無視していたりしたことがかなりあったわけだが、この間にずいぶんといろんなことが起こったもんだね。
与謝野財務大臣(おいらはあまり評価してない)&渡辺喜美(売国奴と断言)の迂回献金が発覚したかと思えば、りそな問題に首を突っ込んだ結果「身元不明の被害者の証言」だけで痴漢にされている植草先生が実刑確定。
どうやら古賀誠が元気なようで、そのまんま東に出馬要請したり、郵政民営化推進派と思われていた佐藤総務大臣を寝返らせたりとなにやら暗躍を続けているのも気になる。
それらも非常に重要なことなのだが、もっとも重要なのは、あのヤクザ舎弟のクソ売国奴・小泉純一郎が必死に応援した候補が負けた横須賀市長選だろう。
流れは確実に変わってきているようだ。
で、例によってマスコミだが、もはや終わりとしかいいようのない酷さだね…。
最初の悪質な献金問題なんか、さらりと流して終了。
小沢一郎ネガティブキャンペーンとずいぶんな温度差だな?
さすがは社会の公器(笑)。
前から書いているように、おいらは、麻生に関してはもはや諦めたけれど、いわゆる「抵抗勢力」と呼ばれている親米でも反中でもないまともな保守勢力の支持者なわけで、自民と民主どちらの味方でもない。
というわけで「金権政治は汚い」と本気で思ってるなら、どちらも公平に糾弾しやがれと堂々と言わせてもらう(前に書いたとおり、おいらは金と力のない政治家なんてものはかけらも信用しない)。
このあからさまな差別を見て、国民も考えなきゃいかんと思うわけだ。
世の中に公平とか中立とか客観なんてものはひとつとしてありゃしない。
だからこそ、それぞれが意見を持ってぶつけ合わなきゃならないし、それを拾い上げつつ玉虫色の解決策を導き出すのが政治家の仕事なのだ。
よって、一番守っていかなきゃならないのは言論、表現、思想などの自由だということになる。
というわけで、児童ポルノ規制など、言論統制につながる一連の事案に対しては、以前からそうであったようにおいらは明確に反対しているわけである。
と、書くとよくない誤解を生みそうなので、一応補足。
「被害者が誰もいない妄想の世界」はともかくとして、リアルな方面での児童ポルノ制作だの取引だのは、そりゃ一定の範囲で取り締まるべきだと思う。
だが、ここでひとつ怖いのは、単純所持の規制によって発生しうる数々の問題なのだ。
たとえばの話、気に入らないヤツをなんとかして黙らせようと思ったなら、架空のタレコミでもなんでもでっち上げて家宅捜索に入り、ディスクを1枚発見したふりをすればあっさり罪状確定だ。
その変態ぶりみたいなものまであげつらわれて、マスコミに叩かれ、徹底的に人間性を貶められてしまうことだろう。
あれ?
これってなんか、上述した経済学者の話に似てないか?
というわけで、単純所持規制は権力による言論統制のツールに使われることは間違いなく、ヒステリックに宮沢りえについて語ってるような連中は、そういう展開を狙っているヤツらに騙されているか、本人が言論統制を狙っているかのどちらかだろうとおいらは思うわけだ。
それに、これはあくまでも私見だが、単純なヌードであれば、被写体がどんなに若くても問題ないんじゃないか?
人間のありのままの姿を見せることが規制されるってこと自体、どうもおいらには理解できない。
わいせつ物(=性器露出)の問題なんかでもいつも思うわけだが。
もちろん、無理やり撮られたとか、盗撮されたなんてパターンなら話はべつだ。
でも、それは子供でも大人でも一様に問題なことは間違いない。
セックスに踏み込んだ話になると非常に難しい。
まあ、ティーンエイジ以前は問題というか、そもそも、そういう嗜好があること自体が個人的には気持ち悪いと思う。
生物学的な話(?)をすれば、個人差はあるだろうが、まだ性欲ってものがわき上がってきてないだろう年齢であるわけで、大人の都合を押しつけてアレコレってのはまあヤバいだろうとは思う。
その上にいったらどうかといえば、こう言っちゃなんだが、おいらの初体験は15歳のときだったし、そのくらいの年齢で所帯を持ってた時代もあったわけで、よくも悪くもそういうことに興味津々だし、第二次性徴を経て普通に性欲もある年齢だろう。
中学生、高校生でも普通に性行為の経験があるばかりか、大人顔負けのレベルにまで到達しているのもいるし、場合によっては自分の若いカラダの価値を知って、イケナイ商売に乗り出してしまう少女たちまでいる。
そればかりか、美人局のようなことをやったり、自分が未成年であることをいいことにあらゆる脅しで金を巻き上げたりしている例もあれば、ともに買売春という違法行為でありながら、自分は被害者面してオッサンだけが警察にパクられたなんて話もあるわけだ(もちろん、オッサンたちを擁護する気はかけらもないけどさ…)。
これが世の中の現実なんだけどね…。
そして、いかなる経緯があったかはともかくとして、ファインダーにあられもない姿を収められてしまう少女たちがいるわけだが、現実に起こっていることから考えると、それらのポルノの世界なんかまだまだ健全(?)なほうじゃないかと思ってしまう。
まあ、だからっていいってわけじゃないけど、単純に児童ポルノ規制に固執している連中は、こういうヤバすぎる現実を知らないか、べつの目的のために徹底的に利用しようと思っているか、さもなきゃ規制だけ作ってくさいものに蓋をしようとしているだけじゃないかと、おいらは思ってしまうわけだ。
それに、恥ずかしい写真や映像をバラまかれている件も含め、本気でそれらの「被害者」をなくしたいと思ってるなら、まずは未成年者の行動制限と児童買春に関する刑罰の徹底的な強化を進めるべきで、ピントがずれまくっていることこの上ない。
かなり世の中の常識とはかけ離れていると思うが、おいらの私見は以上である。
善悪や倫理の話はともかくとして、単純所持規制が言論統制につながる危惧があるのは事実であり、おいらは明確に反対だ。
それと、現在のあたくしは10代以下の小娘にはかけらも興味ないので、当事者意識として反対しているわけではないので、念のため(笑)。
それらのものを見たことは何度かあったが、正直、いくつもの意味で「うーん」であった。
陰湿な雰囲気のものは見てて苦痛だったし、この世から消滅すればいいと思ったし、いまもそう思っている。
ただ、逆に会話にしても行為にしてもあっけらかんとしているヤツだと「いまのガキってすげえなあ…」と、余計な感心をしたし、べつに規制する必要ないんじゃないかと思ったものだ。
いずれにしても、今後もそれらを見たいとはまったく思わないが。
さて、大幅に話がそれた上に長ったらしく、人によっては嫌悪感を抱きかねない意見であったわけであるが、本質はその部分ではない。
重要なのは、こうした倫理や道徳のためにある「正しい規制」のようなもののなかにも、あらゆる思惑が隠されているということなのだ。
さらに言えば、小泉改悪の話でもわかるように、表面ばかりをマスコミが持ち上げた結果、とんでもないことになってしまう例も数多くあるということだ。
我々は常にそれを警戒していなくてはならないし、おかしいと思うことにはタブー抜きで声を上げていかなくてはならないし、自由にものも言えないような制度を許してもならないわけだ。
とくに、こんなグチャグチャな状態になっているいまだからこそ、それが重要だと思うわけである。