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新人第一弾と昼間のビール

という、どういう会社なんだって感じのスタート。
新しい人が入ってくるってのは、社内が活気づいていい感じですな。

今回のメンツはといえば、

 ・バリバリのスキルを持ったうえに、人間もしっかりしている韓国人デザイナーのにいちゃん
 ・痴呆症になった父ちゃんを抱えて、一時この世界から遠ざかってた雑誌編集経験者
 ・元俳優にして、なぜか怪しい雑誌を作ってた経験を持つ明るいにいちゃん
 ・元テレビ業界の人間にして、旅好きな、未経験者の元気なおねえちゃん

という感じだ。
普通の会社ならなかなか獲得しないタイプの人材かもしれないが、まあ、それはそれ。
弊社の人事部の見方は変わっていることで有名…ってことはないけど、そんなもんだ。
だいたい、人事部ったっておいらひとりだし(笑)。

前にちょっと書いたライターの面白いにいちゃんは、べつの制作会社に入れたらしい。
だが、いまだに裏で悪だくみの相談をしてたりして。
すぐにはムリだろうが、どうせこの業界は横のつながりが強いので、いろいろやることになるだろう。

それ以外にも、何人か入ってくる予定があるし、第二次募集も含めればまだまだ面接は続く。
しんどいけれども、こういう前向きな話は面白くていいもんだ。

さて、これらの新人さんたちを早く馴染ませ、楽しくバリバリ働いてもらうようにするのが、人事部の最大の仕事ではないかとおいらは思う。
よって、電話で済むような話ではあるのだが、入社が確定している人をまとめて呼んで話をしたわけである。
それがついさっきのことだった。

で、編集の仕事のメンバーも集めておいて、みんなでいろいろと仕事について話をし、その流れで中華料理屋にゴーである。

中途採用というか、転職の人っていうのは、なかなか孤独なものだ。
なので、同期の結束が生まれるようなキッカケを作りたいというのもあるし、会社の人間と交流させるのもできるだけ早くやってしまいたい。
誰になにを聞いたらいいのかわからないという話もあるので、とりあえず入社時の担当者を決めてしまい、行動をともにしてもらうというやり方をしている。

そこまでは取り急ぎ動いてしまった。
あとは実際に来てもらってからの話だろうな。

うまくいけばいいんだけどな…。
こういった行動が必ずしも相手にとっていいことばかりでないことはよく知っているので、いい方向に働いてくれることを祈るしかないね。

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200906181756
まいったな…

いろんな意味でちょっとやる気が出てきてしまった。
べつに悪い話ではないのだけれど、また貧乏くじひくことになりそうで怖いね。

相変わらず人材募集の面接が続いているわけなのだが「即戦力」とはいかないものの、こいつは面白いなと思うような若い人材が結構やってきている。
そのうち、とくにひとりは、ものすごく面白いヤツだ。
もともとはお堅い方面でライターをやっていた24歳の若造なのだが、知識にしても興味にしても幅が広いし、よく研究している。
ネタも普段からいろいろ考えるクセができているようだ。

こういうヤツにはぜひともチャンスを与えたいとおいらは思うわけである。
現在の社内事情を考えるに、おそらく社員として獲得するのは難しいと思うのだが、いかなる形でも関わっていたいと思わせる魅力がある。
なんなら、あたくしが自分の金で雇ってしまおうかとも思うくらいだ。

ほかにも方法はある。
たとえば月10万くらいの最低報酬を1年間約束した上で、フリーとして仕事させるなんて形もあるだろう。
最大のリスクは120万円(そいつがなにも仕事をなし得なかった場合)。
それくらいなら自分で背負ってもいいんじゃないかと思うし、正直、すぐにプラスになるんじゃないかとおいらは考えているわけだ。

いや、もはやここの仕事はどうでもいいやと思い始めていたおいらだが、こういうことがあるとやる気が出てきてしまう。
うーん、この先の身の振り方を考えてしまうな。

このようなケースは特別であるが、彼以外にもいろいろ楽しみな人材がいる。
昨日面接したなかに、まったくの未経験だが、やる気に満ちあふれているだけでなく、パワーもありそうな女の子がひとりいた。
彼女は非常に面白かったので、うちでやっているうさんくさいゴシップ雑誌を帰りに持たせたところ、今日にはいろいろと感想のメールが届いていた。
そういうやる気がおいらは欲しいのだ。
彼女の場合は、この業界が未経験であることもあって、選択肢としては社員にするしかないわけだが、非常に前向きに獲得を考えている。

弱腰というか、生気のないヤツばかりの男性陣だが、そのなかにも楽しみなヤツはちょこちょこいる。
元俳優にして怪しい雑誌の仕事もしていたパワーのあるヤツとか、以前においらが書いた「弊社に来てほしい未経験者像」そのままの「なんでもやりますからやらせてください!」オーラが出ているヤツもいる。
全員を取ることは物理的に無理なわけだが、なかなか楽しみだ。

こいつらが入ってきてくれれば、うちはクズをぶった切ることも可能になる。
すでにリストラ名簿もおいらの頭のなかにある。
非常に残念な話だが、そうするよりないのだ。
やる気がないのとか、仕事をする気がないのをそのままにしておけるほど弊社には体力はない。

こういうクビ切りの話ってのは、いろいろと非難されるのはわかっているが、それが社会の現実であることは事実なのだ。
うちなんかはまだ優しいほうだろう。
数字だけ見て切るような真似は一切しない。
単純に「やる気」の問題だ。

ひとつ例をあげよう。
仕事がグチャグチャになり、結果的においらが介入した上に、ほかのスタッフに仕事を押しつける形でなんとか取りまとめたある雑誌がある。
言ってみれば、全社員に対して迷惑をかけたわけだ。

まあ、それはべつにいいっていうか、気にしていない。
だが、ほかの連中が自分の仕事と平行で徹夜しながらそれを手伝っている間、そいつは眠りこけていたし、ろくに仕事を進めてもいなかった。
そして、自分の仕事が終わったとき、まだほかの人間が最後の追い込みに入っているというのに、それを手伝おうという様子すらない。
こっちが指示しておいた面接の受付業務もほったらかし(なんでオレがという態度が見え見え)。
自分の仕事が途切れたからと、会社に来る時間も遅いし、自分の用事のために早退もする。

こんな人材、本当に必要だと思うかね?
まさかとは思うが、どういうことが「やる気」というものなのか、いちいち教えてやれなんて言う人はおらんよね?

そんなときこそ、自発的に朝から会社に来て、雑用でもなんでもやれることは手伝い、自分の失点を補おうとするものだとおいらは思うわけだが。
そういう様子が少しでもあれば、じゃあ、今回はなにがダメだったのか話し合って次の仕事をしようじゃないかって空気になるだろうさ。
やる気があれば、まわりの人間の協力で大きく伸びる可能性はいくらでもある。

想像つくと思うが、いまやヤツはまわりからそっぽ向かれている状態だ。
どうしてこんなことになってるのか、本人に説明してやらんといかんのかね?
そんな必要、あたくしはないと思うけどね。
ただ、そんなヤツの失点を取りまとめた書類を作り、解雇通告するだけで十分じゃないかと思うわけなのだが。

あんまりこんなことは言いたくないが、まだ20代前半の若造だったら、怒鳴りつけて社会のルールというかマナーのようなものを教えることも考えたかもしれない(ちなみにそいつは30手前くらいだ)。
よく年齢は関係ないと言われるわけだが、それなりに社会人経験がありながら、一番重要なそういうものを習得していない「鈍感」かつ「オレ様」である「ナルシスト」に対してそんなことをしたってムダだとおいらは思うのだ。

逆に、そのほかのことが全部ダメだとしても、そいつがものすごく突出したものを持っていたなら事情は違うだろう。
もちろん、それもない。
だから、いらないという話になるのだ。

だいたい、こいつを残しておくことは、ほかのスタッフに対しても悪影響しかない。
会社の将来の問題でもあるのだ。
だから、冷たいようだが、おいらは切る以外の選択をする気はまったくない。
ボスがそれを拒否するというなら(まずありえないが)あたくしは迷わず会社を飛び出すだろう。
いたところでなにもいいことがないからだ。

結局、リストラされる当事者にもさまざまな原因があるということだ(大会社の事情はよく知らんのでなんともいえんが、零細企業ではそんなものだ)。
自分が差し替えの利く人材というレベルのままでは、いつこのようにクビを切られてもおかしくないと思っていたほうがいい。
その上で、どうするべきか自発的に考えて、努力することが必要なのだ。

というわけで、今日のおいらは久しぶりに上機嫌である。
過剰な期待はまずいけれど、なんとかいい方向に向かいそうな希望が出てきて嬉しい限りだ。
明日も面接が入ってる。
日曜日に仕事するのは面倒だけど、楽しみでしょうがないね。

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200906132100
韓国人、来襲!

なんて書くと、またヤバいネタかと思われそうだが、実はまったく逆だ。
そもそも、日本と同様に国際金融資本に乗っ取られている韓国政府に対してはいろいろ文句あるし、その手先連中もふざけるなと思うわけだが、一般の韓国人や在日の人たちはごく普通の愛すべきヤツらだと思っている。

で、今回、おいらが部長職で関わっている某社においての人材募集に、ひとりだけ韓国の人が来たって話である。

いや、これが…素晴らしいくらいまともな人だったのだ。
日本語はもちろんペラペラで、見た目も話し口も穏やかな好青年。
その上、スキルも十分以上にあるし、ぜひとも獲得したいと思っているわけだ。
問題があるとすれば、我が社は外国人を雇用した経験がないので、どこにどのように届け出をすればいいのかがわからないところ(まあ、調べりゃわかるだろうけど)。
あとは、日本語の細かいニュアンスが伝わるかどうかという話だ。
それについても、本人はまだまだだと自覚しているし、これから努力して習得したいと言っている。

なぜなら、彼の目的は、将来的に日韓の間をつなぐ媒体の仕事をしたいからなのだそうだ。
単純に相手国が嫌いだとか、こっちが優れてるだとか、そういうことを感情的に言っているようなヤツらとは大違いである。

このへん、社長も同様の意見なようで、あたくしとしてはなんとか獲得したいと思う。
我が社は外国人差別も日本人差別も存在しないし、おいらも含めてすねに傷があるような人間や、かなり年齢のいってる人を受け入れるだけの懐の広さがある。

というわけで、さまざまな人が面接に訪れるが、わりと順調だ。
このままそこで内定を出してもいいなと思ったような人や、べつに社員じゃなくても机だけ用意して一緒にやればいいかなと思うような人もいる(この業界にはよくある話)。

しかしだ。
上述した数人を除けば、煮ても焼いても食えなそうな連中があまりにも多い。
これは、社会人とか仕事人としての話ではなく、人としてどうなのかと思うようなレベルの話だ。

そういうのに多いパターンを見ると、短期間で職場を点々としている人間が多い。
採用担当者としては、そういう部分に徹底的にツッコミを入れるのは当たり前のことだろう。
だが、聞いてもなんとなく濁したような返事をするヤツが多く、あたくしの場合、よほどのことがない限りはその場でNGだ。

また、未経験者でも我が社はさほど気にしないのだが、それにしても夢を見すぎだなあと思う人が結構いる(自分で仕事を取ってきたり、ひとりで業務をまわせたりするレベルの人間はもちろん大歓迎だが、それ以外はヘタに手垢がついてないほうがマシなことが多い)。
教科書どおりの応対されたり、仕事以外のよくわからない自分の作品なんかを持ってきたりされるより「この本に感動しました」「こんな本が作りたいです」「右も左もわかりませんが、なんでもやります」という人間のほうが正直評価は高い。
そういう人、なかなかいないんだよね、残念ながら。

すでに仕事をバリバリこなせる人間も欲しいのだけど、最初は兵隊から修行してやるという気合いに満ちた未経験者も欲しいんだよね。
フレッシュな血液も、会社にとっては必要なものだからねえ。

ついでにいろいろと腹の立つ話。
各部署のトップに人事資料渡して、ぜひとも確保したい人の面接に同席するように言ってるわけだが、一部を除いて、ぜんぜん見てない上に、ちっとも参加しようという雰囲気なし。
受付を頼んだ下っ端くんも、遅刻の上にとっとと帰りやがった。
知らんぞ、おいらは。
そういうことばっかりやってると、あたくしがこのブログでさんざん罵倒している連中と一緒に、まるごと差し替えられることになると思うぜ。
忙しいのもわかるし、校了明けに休みたい気持ちもわかるが、そんなものはおいらだって同じだ。
しかも、次の土日まで、みっちり面接が入っている上に、来週月曜日校了のべつの仕事も入っている有様なんだけどね。

一応は幹部クラスが、会社の将来設計に興味ないってのはいかがなもんだろうね。
おいらにはまったく理解できない。
下っ端にしても同じだ。
ヘタをすれば人材の一新が行なわれるかもと、自分の仕事がなくなるかもしれないと、危機感を抱かなければおかしいだろう。
そんな時期に、頼まれた仕事もやらないなんて、クビ切ってくれと言ってるのも同じじゃないのか?

まるで危機感もなんにもない連中に比べるまでもなく、必死に努力している外国人のほうがよほど職業人としても人間としても価値があるとおいらは思うわけだが。
どうも日本人からそういうがむしゃらさがなくなっている気がして悩ましい今日この頃である。

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200906092129
出版業界で働きたいと思ってる諸君に告ぐ!

なんて、完全上から目線タイトルなんぞをつけてみたわけだが、べつにおいらなんぞは大した編集者でもなければろくなライターでもない。
この業界のド底辺でうだうだ仕事をしている、クソ野郎のひとりにすぎない。

途中、人生上のいろんなことがあって、実家の会社整理やったり、警備会社で働いたり、海外に逃亡していたりしたわけだが、なんだかんだでこの業界と接点を持ち続けていたし、どうしても戻りたかったから冷や飯覚悟でとある編集プロダクション(要するに、出版社の下請け)の門を叩いたわけだ。

ありえない、と思うかもしれないが、あちこちの版元での経験があり、編集長経験もあり、30代にもなっていたというのに、おいらが拾ってもらった同社が最初にくれた給料は税込み16万円だ。
でも、あたくしはそれを快諾した。
金なんてどうでもいい。
稼ぎたければ、自分で仕事を取ってきて、会社を潤わせればいいし、そもそも、おいらはどうしても出版業界で仕事をしていたかったのだ。
なんでかって言えば、雑誌にしろ書籍にしろ、そういうものを作るのが好きで好きでたまらないからだろう。

エロ本もやったし、ろくでもないゴシップ誌もやったし、いまだにそれらの仕事も結構やっている。
そういう話をすると、この業界の人間じゃなくてもバカにされるわけだが、そんなことはどうでもいいのだ。

そもそも、おいらと同じかそれ以上の世代の人間ならよく知っていると思うが、そういうエロっちい本の一部のコーナーから、いまの日本のサブカルチャーが発展したのだ。
だからこそ、あたくしはいかなるものでも楽しんでこだわって仕事をする。

正直言って、どうしてこんなもんをやらんといかんのかと自問自答するときもある。
だけど、それをおもしろおかしくするためにいろいろ努力をする。
理由はただひとつ、自分が楽しむためだ。
作っている本人が楽しくない本なんて、誰が読んでもおもしろいわけがない。

まあ、それが必ずしもいい方向に行くとは限らない。
いまとなっては笑い話だが、自分が楽しむためにネタに走りすぎたこともあって、とあるエロ雑誌を丸ごと「お笑いネタエロ雑誌」に変えてしまったことがあった。
どういうことかと言えば、エロさではなくてネタで笑ってしまうような、本末転倒のエロ本である。

もちろん、それで雑誌の数字は悪くなる一方。
ただ、前にも書いた「やり尽くし感」だけは満点なので、社長もクライアントもゲラゲラ笑いながら「本当にエロ本向いてないね」と言っていたのを覚えている。

そんなわけで、一般誌や書籍やが仕事のメインになり、その後、海外逃亡に乗じて海外事業に乗り出したり、次第に仕事の内容を変えてきた。
しかし、日本に戻ってきてからは、その会社の管理職となり、いろいろと面倒なことになっている。
部下というか、おいらが関わっている編集部のジャンルがあまりにも広いからだ。
エロ、芸能、スポーツ、歴史、サブカルチャー、ゲーム、電気製品、動物、マンガ…いま、おいらが関わっている、もしくは企画を進めているだけで、これだけのジャンルがある。
それぞれに対して、少なくともなにか口出しできるような状態になってないといけないというのは、かなり大変だ。
そんなすごい人間でもなんでもないので、当然限界はある。

そもそも、そういうことに向いている人間でもないと思っている。
おいらは自分でいろいろ作りたいものがあるのだ。
時間がないなりに、企画を出したり営業したり、いろんなことを地道にやっている。
さらにいえば、社長やそのブレーンと組んで出版社も立ち上げたわけだし、できることならそっちに傾倒したいわけだ。

よって、あたくしとしては、せいぜいアドバイスしかできないし、あとは編集者個人個人が、自分の仕事をまっとうし、それに対してイエスかノーかで答えるようにしたい。
少なくとも、既存の仕事に関してはそうなってもらいたい。
そこがうまくまわっている状態だったら、おいらは新しい企画を立てて、編集部を新設し、次のことをやりたいと考えるからだ。

実際、それがその通りにいくなんてことはないわけだ。
前にもさんざん愚痴を書いているように、赤字を垂れ流したまま甘えたこと言ってる編集部とか、編集者でありながらまったく編集をしないヤツとか、ただページをなにかで埋めて満足している連中とか、そんなのが多いからだ。
こいつらに共通しているのはただひとつ。
本に対する愛情の欠如ってヤツだ。

上述したように、それがどんなものでも同じだと思う。
くだらない本だろうと、高尚な本だろうと、編集者がこうしたいって気持ちやらパワーやらがなければただゴミを増やして環境に悪いだけだ。

これが現在のあたくしの最大の悩みだ。
自分が直接その仕事をしたなら、絶対にそんなことにはならないと思うわけだが、物理的にそれはできない。
でも、結局は最終的にそうせざるを得なくなるという、非常に矛盾した状態が続いている。
最後には、全部、自分の仕事として降りかかってくるということだ。
そりゃ、責任者なんだから「プロとして当然の仕事」を片づけることは当たり前だと思うわけだが。

前にも愚痴として書いたが、アホでもいいからやり尽くしたものに対して、それをよりよくする作業であれば、喜んでいくらでもやらせていただきたいと思う。
でも、なんとなくでき上がってるような、ただのクズ紙をいじるのはハッキリ言って苦痛だ。

それなら初めから自分でやるわい! と心のなかでは思っている。
だけど、それをやってたら、いつまでも次にやるべきことができないわけだ。

で、やっと最初の導入と話がつながるわけだが、こういうあたくしにとって苦痛でしかないヤツとか、一度はこの会社に関わったもののすぐに去って行った数十人とかのことを考えると、ある共通点が浮かんでくるのだ。
それは、ムダにプライドが高い、ということだ。

そういう連中は、たいてい、この手のジャンルは自分の範囲ではないとか、そんなくだらないことはやりたくないとか、口に出さないにしても態度に表われていたりする。
いたってクールであろうとするのも特徴だ。

そして、そういう連中っていうのは「じゃあ、なにが得意なんだ? なにがやりたいんだ?」と聞いてもまるで反応がなかったり、しどろもどろになったりする。
結局、そいつらにはなにもないのだ。

逆に、自分にはなにもないけれど、それを承知した上で、なにかを持っている人をうまく使って仕事しようとする人間もいる。
実は、これが編集者としてもっとも成功するパターンであるかもしれない。
結局、プライドなどは邪魔でしかないのだ。

そもそも、プライドを持つ部分が違うという話がある。
編集者としてもっとも恥ずべきことは、読者に相手にされず、話題にもならず、忘れ去られてしまうようなクズ紙の束を世の中に出してしまうことだ。
もちろん、結果的にそうなることは数限りなくあるわけだが、そのときに次の企画や方向性を考え直して、理想に近づけて行くことこそ、本当の意味でプライドにあふれた編集者の仕事じゃないのか?

結論。
最初がどのようなジャンルの仕事であろうと、どんなくだらないものであろうと、自分が関わることになったなら底なしの愛情をページにつぎ込めるような人間でない限り、出版業界で仕事しようと考えるのはやめておいたほうがいい。
ていうか、結局、迷惑になるからやめてくれ、と思う。

ちなみにいま、記事十数本を部下から引き揚げて、作り替えの最中である(で、ブログを書きながら現実逃避中でもある)。
こんなこと、できれば二度とやりたくない。
すげえ面白いけどちょっと…というやつならきっと楽しく直せるのだろうが。
だから、いま進めている人材募集についても、おいらのモチベーションが上がるような人に来てもらいたい、ワンパクでもいいから(笑)。

とはいえだ…。
正直言って、最近は組織でいろいろやることが億劫になってきていて、金ができたなら、気のおけない仲間だけで少人数出版社を好きなようにやったほうがいいなと思い始めている。
人に期待するということがだんだんバカバカしくなっているわけだ。
人材募集についても、期待している反面、どうせろくな結果にならんのだろうなとも思っている。
いい意味でその考えを吹っ飛ばしてくれるようなヤツに来てほしいもんだ。

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200906060654
超ド級のスランプきたぞ!

うひょー、人材募集にかまけてる場合じゃなかった。
もちろん、そっちも大事なわけだが、おいらは総務でもあって編集部の管理者でもあるのだ(ちなみに、その会社では社長ではなくてブチョーみたいなもんだ)。

管理者なんていうと、聞こえがいいわけなのだが、実際のところはケツ拭き係。
で、とある雑誌の記事ふたつを丸ごと作ることになってるわけだが、人材募集はもちろんのこと、同時に新規の雑誌立ち上げ案件やら、マンガ家との折衝やらドタバタ続きで、ちっとも進んでない。

いや、むしろストレートに言ったほうがいいだろう。
まだなんにもしていないっていうか、できてない(汗)。
ちなみに校了日は明日なんだけどね。

どうもおいらの脳みそってのは、シングルタスクの旧式なようで、同時並行でいろんなことができる設計にはなっていないようだ。
それに、事務とか金勘定とかそういう仕事ほんとに苦手で、頭が空っぽ状態。

こんな状態だと、たとえひと息ついても、なかなかページがまとまらない。
超ド級のスランプ状態突入である。
普段だったら、記事になるかどうかはべつにして、ヘンなことばかり妄想してひとりニヤニヤしている頃だってのに、ブログに駄文書きなぐってる状態なわけだ。

デッドが寸前に迫らないと仕事にならないというこのしょーもないグウタラぶりも問題なんだろうなあ、たぶん。
って、もはや残り24時間なジャック・バウアーのような状態になってるわけだが(どうせ引き延ばすだろうけどさ)。

どうでもいいんだが、会社ってヤツは、どういうわけか仕事が偏るようにできている。
こんな乱暴な言い方したら怒られるかもしれないが、ダメなヤツの仕事が丸ごとできるヤツに流れていくわけだ。
これ、なにもおいらが後者であると自画自賛しているわけじゃなくて、管理者から見た仕事の割り振りに関する話だ。

こいつにまかせておけば、どんどん仕事が進むってヤツはいるわけなのだが、そこにあんまり仕事を押しつけて、潰してしまったり、逃げられてしまったりしたら困る。
かといって、クオリティを追求しなければならない仕事は、ほかにまわすわけにもいかない。
このバランスをうまく取りつつやらなければならないとなると、結局、最後には全部引き揚げてどうにかしなきゃならない場面もあるわけだ。

実は、日本に戻ってきてからというものの、そんな話ばかり。
グタグタになってたムックやら雑誌を、この1年ほどの間に、力技で何冊完成させたかわからないくらいなのだ。

頼むぜ、現代の編集者!
おいらはまだまだ上に行きたいのだ。
なんせ、あたくしが社会に出る前に出ていたさまざまな素晴らしい本や雑誌からすれば、おいらがこれまでにやってきた仕事なんてものはへみたいなもんだ。
それが悲しいし悔しいから、いろいろ次のことに動きたいと思ってるわけである。
頼むから、せめて目の前にある既存の仕事くらいこなしてくれっていうか、ダメでもいいからとりあえず「やり尽くした状態」で見せてくれ!

さて、そのやり尽くした感について説明しよう。
まるで話が変わるようだが、この業界、ダメ人間が結構多い。
だが、おいらの表現においては、ダメ人間ってのはろくでもないけど愛すべき人であって、クズとはまったく違うものだ。
ダメ人間ってのは、決してうまくできないけれど、強烈な偏執とか愛情のようなものを持って仕事をするヤツらのことを指している。

そういう人が編集したものってのは、正直、そのままで出せるかよ、と思うわけだが、方向やら思想やらネタやらがわかりやすいので、いくらでも方向修正できる。
むしろ、そういう作業をやっていると楽しかったりもするわけだ。
こういう状態に突入した制作物を、おいらはやり尽くした状態のものと表現している。

逆に、上記に書いたようなものがなにもないが、しっかり完成させるというタイプの編集者もいる。
それはそれでいかがなものかと言われそうだが、そういうキッチリ仕事ができる人間も組織には絶対に必要なのだ。

問題は、そのどちらの要素もないヤツ…これがほんとに困る。
いい子ちゃんであろうが、クズであろうが無関係に、扱いようがないのだ。
身も蓋もないことを言えば「なんで編集者になったの?」と聞いてみたくなるような連中だ。

まあ、最近の傾向として、クリエティブ系とされる仕事に憧れている連中は多いし、元を正せばあたくしだって似たようなものだ。
ただ、クリエイターの肩書きが欲しい連中と、クリエイトが好きなヤツってのはまったくべつなんだよね。
ましてや、いまや斜陽産業だからねえ。
現実に直面して、それでもやりたいと、冷や飯食いながら努力するような連中しか、絶対にのし上がっていけないし、そもそもこの業界で生きていけないと思うわけだが。

こう言ってはなんだけど、この業界で働く人は、たとえ会社員であってもフリーランスのつもりでいたほうがいい。
なんでも自分がやって結果を出してなんぼの世界なのだ。
人に頼ってなんとか本が出せているような状態で編集者面するなと思うし、そもそも編集者なんてエラくもなければ権威があるようなものでもないのだから。

いやー、最初は自分に対する愚痴だったはずが、書いているうちにだんだんムカムカしてきた(笑)。

こうなると「こまけえこたぁどうでもいいモード」に入ってくる。
そもそも荒っぽい職人のお家生まれなので、育ちは隠せない。

ビールでもかっくらって勢いで考えるかな。
どうやらそれしか方法はないかもしれん!

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200906041932
ずるいヤツ

「営利企業」ってなんだか知ってる?
言うまでもなく、金儲けを目的に運営されている企業のことだ。
出版という世界は、その歴史もあってか、文化事業のような側面を持っているのは事実なわけだし、いつも心にそれを思いながら仕事していきたいとは思うわけだが、残念ながらそれだけで存在することはできないわけだ。
たとえば、バックに巨大なスポンサーがいて、儲け度外視でひたすら文化貢献だけを目的にやれるような土壌でもない限りは、絶対に無理な話なのだ。

まあ、この導入でわかるように、どうも今日は愚痴っぽい話ばかりで申し訳ない。
仕事も山ほど溜まっていて、もちろんいまも会社にいるわけなのだが、ぜんぜん進んでいない状態だ。

さて、前にある編集部についての話を書いたわけだが、ここがさらにゴタゴタしている。
ふたりが辞めるという話のアップデートとして、またもやふたりが退職を口にしだしたわけである。
もっとも、そのうちのひとりは、近々、実家に戻る予定だと聞いていて、発展的解消のようなものだからいいのだが、問題はもうひとり…しかも編集長である。

辞めてもらったら困るかどうかという話を言えば、現場実務的な意味とはまったく違う政治的理由によって面倒である(そこは詳しく書くことはできないが)。
そいつだけは、少なくとも社の上層部に対する「退職というカード」を持っているわけだ。
よって、非常にずるいことも言えるわけである。

要するに、おいらが打ち出した経費節減方針が気に入らないということのようだ。
そりゃ、誰だって予算を削られたらいい気はしないだろう。
だけれども、いま現在、赤字を垂れ流している状態なのだから、なんらかの手を打たねばならないことは間違いない。

で、ふたりが抜けて、仕事がきつくなるというのもあるようだ。
誌面リニューアルの話もあるわけだが、ハッキリ言っているわけではないが、この少人数じゃ無理であると拒否の姿勢をみせている。
じゃあ、売り上げのほうもそのまま右肩下がりってわけか?

いったいなにがやりたいのか、おいらにはまったく理解できない。
要するに現状維持のまま、たらたらと会社に来て、給料がもらえる状態でいたいってことか?

言うまでもないが、そんなことは無理だ。
うちの規模の会社では、この編集部の赤字が半年も溜まったらアウトである。
要するに、その前にこの雑誌自体諦めざるを得なくなるし、ヘタすれば会社丸ごと危機に瀕することだってあるだろう。

ただでさえ、きちんと仕事をしているというのに、売掛金を抱えたまま吹っ飛ぶ会社があったりして、弊社も苦しい時期だ。
苦しい時期だからこそ、いまやらねばならないことを大出血覚悟でやっているわけで、ほかの社員やスタッフの給料やボーナスに当てたい部分まで再投資しているのが現状だ。

べつに、彼らに恩を感じてほしいとかそういう話ではないが、少なくとも、売り上げを出している社員の給料やら士気やらを犠牲にしてでも勝負を賭けているときに、こういう現実感のない抵抗を続けているってどういうことなのだろうか?

そういうクズは、いろんな形で言い訳をするわけだ。
ボス経由で聞いた話によると「これじゃ外注が食っていけなくなる」というものだったようだ。
ちなみに、出版社における外注とは、誌面デザイナーとかライター、マンガ家、イラストレーター、校正・校閲者などがいる。

外注とは、言ってみれば外部の独立した業者であるわけで、立場で言えば我が社と同じだ。
どちらも、実力に欠けて利益を上げなかったらやっていけず、いずれは淘汰される運命にある。
かつての日本型雇用システムを理想と考えるおいらとしては、社員に対しては会社が責任を持つ部分は山ほどあるだろうし、できる範囲で生活などに支障がないようにしていきたいと思う。
だが、外の業者は、それ自身の責任でやっていかなければならないはずだ。
トヨタのように他社への仕事の制限をかけて囲っていたならともかくとして(もちろん、うちにしても前の会社にしても、どちらも零細企業には違いなく、そんな事実はあるわけがない)。

そもそも、外注への高額すぎるギャラ支払いこそが、この編集部を赤字にしている最大の理由である。
その規模は、現在の売り上げに比して約40%になる。
印刷費は50%を超えているが、そもそもこれは増やす努力をしていかなければならない数字だ。
人件費等を考えれば、これでやっていけるはずがないのは言うまでもない。

外注がどうこうなんて話は、結局のところ詭弁でしかない。
要するに、自分の仕事を増やしたくないから、外注に適当に仕事を放り投げるいまのシステムを維持したいから、そういう甘えたことを抜かしているだけだ。
本がなくなれば、全部アウトだ。
そして、直接関係ないはずのほかの社員たちも被害を受けることになる。

本気で外注のことだけ考えているというなら、自分の財産からギャラの支払いでもなんでもやればいいのだ。
それなら誰も文句なんか言いやしない。
誰かに赤字を押しつけて自分だけいい思いをしようなんてわけにはいかんのだ。

正直、おいらはキレた。
さまざまな政治的理由により、ここはおいらも抑えなければいけないことがわかってるので、刃傷沙汰が起こることはないわけだが、このままじゃ会社がおかしくなってしまう。

こういうずるいクズ野郎、みんなのそばにもひとりやふたりいるんじゃない?

そういうさまざまな問題を鑑みて、とうとうボスはこの時期に人材募集に着手。
要するに、短・中期的な人材入れ替えの方針が決まったってことだ。
総務番としておいらも絡んでいるわけだが、うちのような無視されてもおかしくない企業に対し、数日で50人からの応募をいただいている。
やっぱり、不景気なのだ。

入社時の仕事の出来不出来などはどうでもいいから、情熱のある人が来てくれればいいのだけど。
本に対してでも、仕事に対してでも、生きることに対してでもなんでもいいから、活気にあふれてて、目のギラギラしたヤツを熱望する。
生ける屍のようなヤツがいくらいたって「給料お持ち帰りマシーン」が増えるだけでろくなことがないのだから。

こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、結局、クズ野郎(ダメ人間とイコールではない、念のため)ってのは、どういう使い方をしようとろくな結果を生まないものだと、おいらは経験としてそう思う。

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200905302336
仕事しに来るヤツと給料もらいに来るヤツ

ってのには、明確な差が見て取れるわけだ。
まあ、いまさら言うまでもないことだろうけど。

いま、世の中は金融をいじくってるヤツらと貧乏人を増やしたいヤツらによる日本型雇用システムの破壊によって、失業などの問題が急加速しているところだ。
先日、ちょっと小耳に挟んだのだが、いま、ハローワークというか職安が大にぎわいになっていて、慌てて増員を図ったほどであるという。
職安に行ったら職安の職員になってしまったなどという笑い話のようなものまであるそうだ。

そんななか、なんとか雇用を守ろうと、政府も寄付金などでいろいろ対策を進めている。
結論から言えば、役に立たなくても継続雇用すれば、人件費のかなりの部分を補填するといった話であるようだ。

おいらは原則として麻生政権の支持者であるわけだが、どうもこのあたりのやり方には疑問を感じる。
よく「バラマキ」として非難されるが、そういうことではない(むしろバラまけるものなら、もっとバラまいたほうがいいと思ってる)。
雇用を守るのではなくて、仕事を作る方向でやるべきだと思っているからだ。
仕事があれば、自然と雇用は増えて行くわけだし、なにがしかの経済活動につながるではないか。
政府が先導してやるべき仕事は山ほどあるのだ。

ついでに言えば、麻生政権の政策は雇用保険などの労働者保護システムに直結しているものでもある。
正直、このあたりは書きづらいものがあるのだが、大企業ならともかく、中小企業では、義務とされているこれらの保険システムに加入していない、もしくは加入したくてもできる状況にないところも多数存在するわけだ。
おそらく、厚生労働省筋の思惑が背景にあるのだろう。
要するに、国家に補助金を出させるのと同時に、中小企業の加入率を上げて、保険金を巻き上げようという方針なのだろう。

あたくしは経営者なので、ついつい経営サイドのものの見方をしてしまう部分がある。
だからこの件についてはたぶん反論もあるだろうと思う。
だが、ハッキリ言ってしまえば、おいらが関わっているような吹けば飛んでしまうような企業からすると、現実問題としてこの手の負担は痛いし、忙しかろうと人手不足だろうと、とても多数の社員を抱えるようなことはできない。
というわけで、労働者保護や雇用促進の観点からしても、経営サイドの目線からしても、これらのシステムはもう一度考え直す必要があると思うわけだ。

…なんていつもの調子で書いていたが、実はこれはただの導入である。
書庫が「出版界の底辺仕事…」になっているように、これはまさしく、おいらの身のまわりの出来事から派生した話である。

タイトルの話に無理やり引き戻すが、どうも最近、社員として決められた時間を働いていれば、自動的に給料をもらえると思っている連中が多すぎる。
これは雇用契約がどうであるかとか、そういうレベルの話ではない。

最近、おいらのボスが始めた出版社があるという話はちらっと書いた。
そのなかで、赤字で困っている編集部を貰い受けると酔っぱらって約束したのが発端であると記したと思うが、いま、その編集部が非常に問題になっている。
もともと赤字だったわけだから、そう簡単に黒字になることなんかないのは言うまでもない。

そこに関してはある程度見込んでいたのだが、そのまま赤字垂れ流しというわけにはいかない。
なので、最低でも3つのことのいずれかをしなければ、本がなくなってしまったり、場合によっては会社ごと吹っ飛んだりしてしまう。

その3つのことというのは、コストダウン、売り上げアップ、周辺商売による売り上げのことだ。

さて、おいらがそのなかで一番最初に手をつけるべきと思ったのはコストダウンである(というよりも、ほかのふたつは時間がかかる)。
なんでも安くすればいいというものではないが、あまりにもこの編集部は制作コストをかけすぎていた(かつての出版業界では当たり前の数字ではあったのだが…)。
で、実際のところ、編集者がそれほど頭を使っている様子もなく、ポンポンと外のライターやらデザイナーやらに放り投げて仕事している様子が見て取れたわけである。

そんなわけで、各スタッフの仕事の担当状況を提出させたところ、正直、これで仕事したことになるのかよって程度の負担だったことが判明。
編集長を差し置いて、じゃあ、ここは内部で、ここは外部でと、予算に合わせた各人の仕事配分に着手したわけだ。
まあ、それで仕事が増えるのが気に入らなかったのだろう、どうもふたりは辞めるらしい。

いや、正直、それに関してはなにも思わない。
仮に、退職というカードを持ち出して交渉しようということであっても同じだ。
悪いけれど、きみらふたりの仕事なんざ、その人件費分の予算を使わなくてもどうにでもできるレベルだ。
残念ながら、そういうことなのだ。

どうもこの本には、編集者の愛情のようなものが欠けている。
工夫の跡や力を入れて作った様子がどこにも見当たらない本なのだ。
だから、おいらとしては、いくらでもスタッフの替えがきくと思っていたし、それで仕事を放り出すというならこっちでどうにかするまでだ。

経営サイドの意見としては、その編集部が黒字でありさえすればいいとはもちろん思う。
営利企業である限りは当たり前のことであるし、スタートしたばかりの赤字を早く埋めなければならないという命題もある。

だからと言って、いいものを作る文化がなくても、出版社なんてものは終わってしまうのだ。
こんなことは言いたくないが、いまの日本の出版界は、大手も含めてクズ紙量産式自転車操業のようなことをやっている連中ばかりだ。

いま、編集者の仕事は、この両方なのだとも言える。
儲けを出しつつ、いいものを発行していくことだ。
それがあまりにレベルの高い話であることはわかっている(正直、自分でもそれができている自信はない、常に目指してはいるが…)。
だとすれば、少なくともそのどっちかをなせる人間でなくてはならないし、それすらもムリであれば、誰かの兵隊となって黙々と作業をこなしていくしかない。

よって、そのどれもができず辞めていくこのふたりは、早い話が仕事なんかしてなかったし、するつもりもなかったってことだ。
給料をもらうためだけに会社に来てもらっても、会社やまわりの社員が迷惑するだけである。
というわけで、このふたりに対してはなにも思わない。

ただ、べつの意味でいろいろと腹が立つ。
失業問題とか、ワーキングプア問題は、確かにこの国の歪んだ施政が生み出したものだ。
いまここで手を打たなかったら、さらに危険なことになるのは間違いあるまい。
だが、売り上げを出さなくても、赤字垂れ流しでも、自分が勝手に仕事と認識しているレベルの低い作業の繰り返し以上のことをなにもせずにいても、給料をもらって生きていけるのが労働者の権利だと思い込んでいるヤツはかなりいるんじゃないだろうか。

そういう人間が増えてくると、景気とは無関係にその業界は疲弊し、崩壊に向かって行くものだ。
出版に限らず、マスコミや広告の業界はまさにそんな状態にあるではないか。

なので、努力しているにも関わらず、チャンスに恵まれない人には申し訳ないと思うが、おいらはいまのこの出版不況に関してはウェルカムだ。
しばらく冷や飯食わされようが、毎月何冊もの刊行物に携わる多忙状況が続こうが、この過渡期を絶対に乗り切ってやると思っている。
そして、その間に、大手を含むくだらない出版社やら、その周辺のクソ会社やら、名前だけで中身スカスカの似非文化人やら、この世界の膿という膿を全部出し尽くしてしまいたいと思うわけだ。
血も吹き飛ぶくらい流れるだろうが、それでもこの業界は絶対になくなりはしない。

経営者としては頭が痛く、出版人としてはつらくも楽しい、そんな時期だ。

どうでもいいが、生きることに本気じゃないヤツってのは、本当につき合いにくい。
なんで日本人はこんなのばっかりになっちまったんだろうかと、これなら、いい意味でも悪い意味でも目がギラギラしている中国人のほうが何倍もマシじゃねえかと、心の底から思うのはあたくしだけだろうか?

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200905190927
「偏執者」のいない時代の本作りはもうゴメンだと言いたい

仕事が立て込んで某社に泊まりっぱなしのがけっぷち社長である。

どういうわけか、明日に校了やら入稿やらがまとめて押し寄せてきている。
いわゆる修羅場状態。
で、こんなとき、ぽっかりと時間が空くことがよくある。
いまがまさにその典型。
待ちの時間だ。

こんな修羅場のときくらい、みんな仕事に集中すりゃいいじゃねえかと思うんだけど、そこに空気の読めない爆弾を落とすヤツが出てくる。
「会社辞めたい」
ああ、そうですか、そりゃ辞めたいならしゃあない。
だが、そんな話は修羅場を明けてから言っても遅くないんじゃないか?
とりあえず、俺はいま関わってる仕事を全部片づけたいのだ。

その人物、困ったことに本日出社せず。
電話で話したところ「身体を壊した」という素っ気ないお返事。
しかも、そっちから「誰か人を手配してほしい」と言われる始末だ。

人を手配するのも実はおいらの仕事である。
こんな業界なので、仕事を途中で投げ出すヤツも数限りなくいる。
情報の更新やら政治的都合やらで記事を差し替えることだって日常茶飯事だ。
マンパワーと時間には限りがあるから、助っ人を呼んで、力技で乗り切ることも多い。
逆に自分自身がその助っ人として呼び出された経験もかなりある。

今日も知り合いに電話をかけ「ページの修正」という名目の「ページ作り直し×約20ページ」作業を「24時間拘束・総額×万円」という形で無理やりねじ込んだ。
ちなみに、この雑誌、校了日は(延ばしに延ばした状態で)7日の朝イチだ。

ただ、輪転機がまわっていたってまだ安心はできない。
印刷所の現場に睨まれたって、あたくしは止めるときには止める。
でも、そんなときに妙なアドレナリンが出るというタイプでないと、この業界で長く食ってはいけないだろうと思う。

ちなみに、この雑誌に関しては、出版社の担当者がテコ入れという形で日々様子を見にきている。
雑誌が売れない時代だけにしかたないのだが、どうも売れ行きが悪いようだ。
そんなさなかに編集長が持病の悪化でダウン。
本来なら事情に通じている編集部の人間でどうにかしてほしいところだったが、なにやら両者の思惑がぶつかっている様子もあり、いつの間にかおいらが介入することになった。

実は、同じように面倒を見なければならない編集部が同じ社内にもうひとつ。
しかもスケジュールはほとんど同じだ。

そして、本来ならべつの人間にやってもらうはずだった文庫本があるが、このしわ寄せで誰も手がつかなくなり、結局あたくしの元に戻ってきた。
これも入稿は明後日である…。

で、上述したように、おいらの仕事には人事のようなものもある。
とくに、人手が足りなくなったとき、人員配置と仕事の分担を考えるのが非常にきつい。
人間のキャパは一緒ではないが、負担はある程度平等にしなくては不満もストレスも溜まる。

と、こんなことばかりを考えていて思ったのだ。
なんでみんな、この仕事を「負担」と考えるのかと…(全員ではないけど)。
本を作りたいから、こんなヤクザな業界に入ったんじゃないのだろうか?
だったら、自分のやりたいように作れるページが増えるのはむしろ喜びなんじゃないかと。

そのへんの考え方では、上に登場した出版社の担当者ととても考えがかぶる。
このお方、言ってみれば編集が趣味で生き甲斐で、息をするように本の編集ばかりを考えている狂った男である(一応、褒めているし、本人の前でもそう言っている)。
趣味はまったく合わないことばかりなのだが、お互いなんかに対する執着を感じるのだ。

ただ、大きくおいらと違うのは、基本的に一匹狼タイプの人間で、ひとりでなんでもやってしまう代わりに、組織のなかにいることや、グループを形成するようなことができないことだろう。
だけに、この編集部の人間とも摩擦が起こるわけだ。
言ってみれば「仕事としての編集」と「趣味としての偏執」のぶつかり合いであるわけで。
だから、どうしても一枚クッションを挟まなければならないし、その役目としておいらがいるわけだ。

どっちが正しい編集の道なのかは、あたくしにもよくわからない。
両方ともバランスよく必要なのは確かだが、人間、なかなかそうはなれない。

とはいえ、やっぱりおいらは狂ったほうを求めてしまうかもしれない。
そうやってできた本でなければ、果たして読者を満足させられるのかと思うからだ。

あたくしは、ここ数日、ずっと上がってきたページのゲラを見る仕事ばかりしている。
で、哀しくなったりもする。
ただ写真と文章を並べただけのページとか、とても信じられないような上がりがあるのだ。
実力がなくてそうなってるならまだわかる。
これ、なんにも考えずに作ってるとしか思えないレベルなのだ。
時間もないものだから、なんとかそれをいいものにしようとおいらは作り替える。
そんな記事がすでに5本はあった。

加えて、上述の狂った担当者の要求も当然ある。
それに応えるようにするのも(担当編集者にもよるが)たいていはおいらの仕事だ。
もう、渡した時点で仕事は終わっていると思っているようで、気づけば印刷所とのやり取りや入稿もあたくしの仕事になっている。

正直、人の作ったものを直している作業は苦痛である。
どうせなら、初めから自分で作りたいと思ってしまうからだ。
だが、実制作にかかっていられる時間はまるでないわけで、あたくしは彼らに仕事をさせなくてはならないのである。

なんて考えていたら、本気で金が欲しくなった。
やっぱり、自分で出版社作らなきゃ、なんにもできないなと。
それには、どうやったって金がいるからだ。
金なんかどうでもいいが、少なくともいまなら金があればやりたいことがやれるのも事実だ。

アホなのかもしれないが、おいらはどうしても沈みゆくこの業界で生きていきたいのだ。

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200902060225
ま~だまだ終わらない、いままでのツケというかなんというか…

いやあ、すいません、ほったらかしたまま2月でございますな…。
さっさと中国がらみの仕事に手をつけたいところなのだけれども、日本の某出版制作会社に拉致(?)されること半年以上…気づけばこの会社の役員になることが内定してしまったようで、また妙な肩書きが増えてしまったりしてやす。

と、そんな時期に、体調不良者が続出。
なぜかインフルエンザになった人間はいないのだが、急性腸炎とか、うつ病とか、おそらくはストレス性の偏頭痛の悪化とか、ほんと人がそろってることが少ないわけで…。

で、どうなってるか軽く羅列すると、あたくしの仕事は…

 ・雑誌2冊の管理&ページ作成(D誌編集長、早く戻ってきてくれ!(泣))
 ・ムック本2冊の管理(これは担当者がすごいヤツにつき軽く関わってる程度だが)
 ・文庫本1冊の編集(〆切今週!)
 ・各種企画の売り込み営業(事務連絡:ちゃんとやってまっせー(苦笑))
 ・新しく入ってくる編集部の受け入れ準備
 ・法的なもめ事の処理
 ・会社のシステムの構築と管理
 ・人事関連
 ・金勘定 etc...

ってなわけで、マジで死にそうなんですが(汗)。

早い話、編集者(長?)とライターと総務とシスアドと経理と人事と庶務と雑用と営業とクレーム係を丸ごと抱えている状態というわけですな。
昨日まで約2週間会社泊まり込みで、実は今日も出社して会社から。
昨日なんて、マジでいい感じの臭いを発してて、まさに「変臭者」であります(身体の脂が酸化したような臭いがすると言われるほど)。
そんなときに限って、某T社の編集をやってるおねえちゃんが、ゲラを宅急便やらバイク便ではなく直接持ってきたりして、非常に気まずい(苦笑)。

ほんと、誰か人が入ってきてくれないかなという感じですなあ。
そんな予算もないんだけれども…。
あー、ついに乱歩賞にも出せなかった…。

で、なんの脈絡もなくオバマ。
詳しくは書かないけど、閣僚ヤバいっすね。
就任以降の経済の混乱ぶりも恐ろしい。
中東の混乱もあって、今後も目を離せない感じですな。
なんかさっそく、アフガニスタンに戦力を集めるとか言い始めてるようだし、危険な要素満点だからなあ…。

一方、麻生。
いや、就任直後に書いていたこととはまったく逆なんだが、実は最近、わりと評価している。
定額給付金は、どうせ財務省を味方につけるためにしぶしぶやってんだろうから気にしないことにしている。
郵政民営化の凍結など、わりと国益にそったことをやり始めたところからして、本人も覚悟を決めたのかもしれない。
そうやってまともな手腕を見せ始めた途端、マスコミが手のひらを返したように冷たくなったり、売国奴・渡辺喜美がきれいごと並べて(政府のかく乱を狙って)離党したり、ついでに太ったほうの中川とか小池とかが自民党を出て行きそうな動きまで出てきたのが非常に笑える今日このごろだ。
そういや、CIAの作戦コードでしかねえはずの架空団体であるアルカイダの友達の友達もなんか暴れてますな(苦笑)。

ちなみに、上述したような外資族議員が自民党から出ていき、なおかつ公明党が嫌がっている都議会との同時選挙(要するに住民票移動の都合(笑))が行なわれたならば、素直に自民党に入れていいんじゃないかと思ってる。
とにかく、願いとしては、売国奴が売国奴だけで固まって政党でも作って、みんな丸ごと落ちてくれることだ。
マスコミのバッシングが酷いのでどうなるかわからないけれども、日本政治の本番は次の選挙以降になることは間違いない。

しかし、ほんと、冷静に見てみると、ぜんぶマスコミの喧伝している逆のことが国益になるように思えるこの不思議な感覚。
出版業界も含めて、マスコミはいっぺんぶっ壊れたほうがいいかもしれないなと本気で考えてしまう。
そのくらい、どいつもこいつもくだらないと、ストレスが溜まってるだけに考えてしまう今日このごろだ。

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200902020533
やっと片づいた…

ぜんぜん更新してなくて申し訳ない…。

溜まってた仕事、とりあえずひと段落。
プロ野球ムックとレギュラーでやってる雑誌の原稿ふた桁に加え、最近やってる某編集部の企画管理および編集…同時並行で8冊の企画を動かしている人手不足状態も問題だが、4つまとめてこの11月頭に〆切が来たのにはマジでまいった。

長らく連絡を待ってた人もこれから順次連絡入れるよ…ってのは業務連絡(笑)。
とりあえず、1週間ぶりに風呂に入り、浴びるほど酒飲んで、いやってほど爆睡してからでもいいよね?
…って、ここで聞いても仕方ないか。

ところで世界経済、一時的に盛り返すも予想以上に長続きしそうもない感じですな。
アメリカで11月9日(911の逆)になにかあるというきな臭いネットの噂もあって、怖いしね。
オバマがなにを考え、なにをやろうとするのか…これが結構キーポイントになるような気がする。

というわけでまた改めて書くつもり。

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200811081319
おいらはもう死んでいる…いや、ほんと、マジで…


ほんと、久しぶりで(笑)。

出版業界ってところには、3つ厳しい季節がある。
年末、ゴールデンウィーク前、でもって、いまのお盆休み前だ。

おいらのような底辺ライターの場合、それほどでもないはずなのだけど、今年はほんとに異常。
中国から戻ってきてから、なぜかありえないほど単行本企画が集中し、次には雑誌記事の依頼が嵐のように続いたというわけだ。

で、少し落ち着くかと思ったその瞬間、それはやって来た。
とあるムックの原稿書き65ページ。
期間はたった3日。
まあ、資料を読むまでもなく書けるほど大好きなネタだったんでよかったんだけど。

というわけでぜひともご一読を。

え?
なんの本かって?
まあ、画像とタイトルでわかるでしょと言っておこう(笑)。

というわけで、かなり死んでいるので(こんな真っ昼間ではるが)酒かっくらってひと眠りといきたいところである。
「おれにとっての天はこの缶ビールだったのかもしれない!」

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200808081235
キャラメルの溝作戦進行中…不況な業界に押し寄せる物価高騰の危機!

いま、生活必需品を中心に、いろいろなものが値上げになっているのはご存知のとおり。
これについて詳しいことは何度も書いているので、今回は出版業界に絡む事情をちょこっとだけ。

実は、最近、紙の値段が急に上がったのだ。
各社が一斉に値上げをかましたのである。
カルテルとはいわないが、実質、似たようなものだ。

出版業界の人間としては「勘弁してくれ!」ってのが正直なところなのだけど、あちらの業界事情を考えるとそうも言えない。
理由はふたつある。
ひとつはわかり切ったことだが、この原油高をひっかぶっているということだ。
で、もうひとつだが、紙業界はダンピング合戦が続いていたこともあり、慢性的に赤字体質なのだ。
だから、この原材料高に合わせて引き上げをかまそうって紙業者の事情もよくわかる。

実のところ、出版業界の周辺では、そんな酷い話がかなりある。
印刷屋や製本屋がバタバタ潰れているのも、出版社が無茶なコストダウンを押しつけてきたからだ。
そして、その出版社が厳しいのも同じだ。
意外と知られていないが、出版社は幅広いジャンルを扱っている総合出版社ほど大変なことになっている。

いま、年間で8万点もの本が流通している。
その膨大な数字を考えればわかるように、誰の目にも触れないような本が山ほどある。
この数字、実はアメリカとほとんど変わらない。
人口3倍に加えて、ローカル出版社の多いアメリカと変わらぬ点数が発行されているというのだから、日本の出版業界は異常としか思えない。

確かに、日本人は世界的に見ても読書熱の高い民族だ。
ひとりあたり、年間18冊の本を読むという統計が出ている。
ちなみに、アメリカは半分以下だ。
ただ、それにしても、8万点が多すぎるのは考えるまでもないだろう。

どうしてそんなことが起こるかと言えば、取次と委託販売制度という世界でも珍しいシステムである。
取次はいわゆる問屋機能であり、日販やトーハン、アマゾンと組んでいる大阪屋といった会社は有名だ。
これらの会社によって、日本全国の書店やコンビニ、キオスクなどに流通されるシステムになっている(一応、直接納入もあるが、あくまで一部だ)。
そして、これらが売れ残った場合、一定の条件で返品することが可能になっている(岩波書店やアスキーのように、かつて買い切り制で流通させていたケースもあるにはあった)。
単行本の場合、半年の委託期間が定められる場合が多いが、それ以降でもたいてい戻される(詳しいことは割愛)。

これには出版社にとっても利点があった。
通常の商品のように買い取りだと、書店側はリスクを考えて売れ筋以外を仕入れようとはしないが、返本が可能なことで、とりあえず本を売るチャンスが生まれる。
このシステムが出版業界の拡大に大きく貢献した。

しかし、いまとなっては、これが各社のクビを締めているのもまた事実だ。

まず、本屋の棚の取り合いが始まった。
本屋の、しかも一番目につく一画を独占する…それが本が売れる秘訣であるからだ。
このためには、安定的に多点数の本を発行する必要がある。
こうして、本屋は大手出版社の本が多くを占めるようになり、零細出版社の本ははじに追いやられていく。
とくに、これは売れそうもないという本に関しては、ストック棚に放り込んだままにしたり、着いたとたんに返送されたりすることも日常的に行われている(書店を責める気はまったくない、現実的にそうするよりないし…)。

こうして本の数が増えてくると、当然のように質は落ちていくし、返本も増えていく。
無理のできない零細出版社なら、部数を絞って細々とやればいいことだが、大手の場合には上記の事情もあるので点数を減らすわけにもいかない。
返本率はどんどん高まっていく。
そして、気づけば赤字になるようなレベルにまで落ち込んだのだ。

ただ、大手の場合、この苦難を乗り越えることが可能になっている。
通常、取次会社との取引条件は、本を出してから数カ月後に発行数から返本数を引いた金額を受け取れる(ただし、一部保留がある場合もある)というものだが、大手の場合、納入とほぼ同時に発行数全体の入金を受けることができる。
返本が発生した場合は、その入金と相殺も可能だ。
これがどういうことかと言えば「売れる売れないに関わらず、本を出し続けていれば、自転車を漕ぎ続けられる」ということなのだ。

これでハッキリしたはずだ。
クソ本だろうがダメ雑誌だろうが、出版社は数を出し続けなくては生き残れない。
だから、出版不況だろうと、本の点数は増え続けていくのである。
そうして、ますますゴミが増えていくのだ。

だから、あらゆるジャンルを扱っている大手にいけばいくほど危機的な状況なのである。
もしも自転車を停めるなり、取次会社が条件を変えたりしたら、大手出版社は丸ごと倒産するやもしれぬのだ(ただし、講談社のバックにいる野間財団はどえらい金を持ってて、無収入で3000人の従業員を100年から養えるというし、そもそも取次自体の大株主が大手出版社で占めているから、そんな展開になるとは思えないけれど)。

こんなご時世に紙価格の高騰は恐ろしく痛い。
かといって、これ以上、周囲の業者をいじめようにもいじめられないほどにダンピングが進んでいる。
編集者の給料を減らし、ライターの原稿を買いたたき、マンガ家やイラストレーターを小遣い銭でこき使い、デザイナーをフォント代にもならない価格で働かせ、カメラマンのギャラをバイト並みにしようにも、すでにそれに近いことになっている。
かといって、安ギャラ人間を使っても質が落ちるばかりだし、あっという間に淘汰されるだろう。

となれば、方法はただひとつ、値上げしかないのだ。

単行本はおそらくこれから値上げの方向に行くだろう。
だが、雑誌に関してはそうはいかない。
むしろ、なんとか値段を下げて対応している雑誌がほとんどなのだ(すでに付加価値をつけて売るという考えはなくなったと言える)。
下世話な話をすれば、最近のエロ本のほとんどはDVDをつけてて、いったいどっちが本物の商品なのかわからなくなっているではないか。
そうまでしなけりゃ売れないし、そうまでしても売れないのだ。

こんな八方ふさがりの状況で、どんな解決法があるのか?
それについて知り合いの編集者に聞いてみたところ、非常に驚くべき話を聞いたのである。

ある雑誌では、ページ減で対応しようと検討を進めているそうだ。
もちろん、価格は据え置きかほとんど変わらないかだろう。
量で値段が決まるものではないので、こんな言い方は不謹慎だが、実質的な値上げである。

言ってみれば、材料費高騰のときに溝が深くなるキャラメルのようなものだ(その分、量が減る)。
最近では、ポッキーが2本分減量なんて話もあったっけ。

そして、これはあくまでおいらの予想だが、紙の種類はもう少し厚いものになるのではないだろうか。
雑誌にしろ、単行本にしろ、使用されている紙にはさまざまな種類がある。
コート紙のようなものから、わら半紙のようなものまで。
そして、それぞれに厚みも何種類かあるのだ(一般に斤量で表わされる)。
で、この原料高でさほど変わらなくなったという話だが、基本的に斤量の大きい(分厚い)紙のほうが安価になっている。
ついでにいえば、束が太くなってボリューム感を出すこともできるわけだ(逆に薄い紙は、ページの多い本でも薄く仕上げることができて便利である。こういう仕上がりを考えるのも編集者の楽しみのひとつなのだ)。

これ、チェックしてみると意外に面白いポイントである。

ちょっと寂しい話ではあるが、その分、内容で勝負するよりなかろう。
ページが減った分、制作経費が安上がりになるわけだし、取材記事やイラストなどを充実させることもできるだろう。

ただ、あたくしのように(現在では)ライターとしてしか雑誌に関わっていない人間にはけっこうつらい。
ページが減るということは「遊び」のページを作れなくなる(企画が通らなくなる)ということでもある。
遊びというと聞こえが悪いかもしれないが、要するにチャレンジができないということだ。
昔から、雑誌には「無駄」とも思えるコーナーがいろいろあった。
そこから生まれたカルチャーが一世風靡したことも多かった。
これから先は、なかなか厳しくなるだろう。

もっとも、こういう現象はいまに始まった話じゃない。
かつて編集長をしていたとある雑誌で、ある有名マンガ家の連載をやっていたことがあったのだが、営業の意向でたった3回で休止に追い込まれたことがあった(抵抗はしてみたが無駄だった)。
それからしばらくして、べつの雑誌で、同じマンガ家がやっていた同じような企画がブレイクしたのだ。
おいらはもちろんのこと、そのページを担当していた編集者も一緒に悔しがったものだ。
いけるという自信があってやってたことだし、もう少しがまんしてもよかったではないかと(決して売り上げも悪くなかったわけだし)。
まあ、結局は押し通せなかった自分のせいであることは間違いない。
言い訳するつもりはない。

それくらいいまの出版業界には余裕がないのだ。
この閉塞感をぶち壊す企画を思い切りやってみたいのだが、それがそもそも難しくなっているというのは、本当に嘆かわしい話である。

というわけで、おいらのボツ企画がますます増えるだろうなと、正直、心配だ(苦笑)。
いい歳して、旧体質の出版人間気取っててもしょうがないと思うのだけど、こればかりは変えようがないのである。

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200807111204
こんなバカがいたっていいだろ? これだから雑誌屋はやめられない!


最近、どうもブログが「ボツ原稿置場」になってる感があるので、たまにはエンタテイメントもやろうかと思った(もっとも企画時点でボツになって書きなぐってるのが大半だが…)。
基本的においらは娯楽作りのために生きているような人間、あんまり硬いことばっかりやってても肩がこるし、そもそも向いてない(笑)。

だが、それだけで終わりにしないというのもあたくしの方針である。

この間、ある人にそんなメールを出したのだが、おいらは昔から学研という出版社が大好きだ。
科学・学習のようなものから、歴史ものの単行本、カメラ雑誌のキャパとデジキャパ、あげくの果てにはオカルト誌のムーまで、さんざんこれまで世話になっている。
これらのどこがいいかと言えば、エンタテイメントとして成立しているのに、いつの間にかいろんなことを覚えられることだ。
かといって、いま世の中に氾濫している「情報小説」の類いは好きじゃないのだけど。
学研は伝統的にそのバランスがうまいんじゃないかと思う。

それとはまったく異種であるが、日本のエンタテイメントの帝王とも言うべき角川春樹氏を心の底から尊敬している。
いわば、あたくしがこの世界に入ったきっかけになった人だ。
そのすごさは「狂ってる」というところにあるのだろう、よくも悪くも。

というわけで、おいらはいかなる題材を扱うにしろ、常に狂ったほどのエンタテイメントとして作り上げることを念頭にライター、編集というヤクザ稼業をこなしている。
ギャラの大小なんざ、食っていけさえすればどうでもいいし、いざとなったら人にたかるまでだ(おい!)。
日本に戻ってから、どれだけ人にたかったことやら…。

とまあ、導入が長くなったが、今回は写真のような記事なのかなんなのかよくわからないものを作ってみたわけである。
わざと画像を粗くしてあるが、なんに見えるだろうか?

詳しくは、来週の15日(たぶん)にコンビニや本屋にならぶ「ギリギリでエロ本になっていない男性向け月刊誌」をパラパラとめくってみていただければと(店によっては18禁コーナーに置いてあることもあるようだ、シール止めはないけど)。
そのなかにこの画像らしきものがあれば、まさにそれである。

今回、どういうわけかこの雑誌から結構な数の仕事をいただいた。
で、すでに次号での仕事も決まり、いままさにネタを詰めているところだったりする。
同時に野球ムックや単行本企画もあるのでバタバタだが、また妙なことをやりたいと考えているので、暇があればぜひともチェックを!

外している! と言われるかもしれんけどね…(汗)。

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200807110904
ほとんど現実逃避なれど…ライターやっててよかったと思う瞬間もときにはあるって話…

おいらの得意ジャンルのなかには野球ネタがある。
なんせ、東京生まれのくせに幼少の頃からの熱烈な阪神ファン。
真弓の応援歌がディズニーだってことも後から知ったクチである。

正直なところ、このところの阪神球団の振る舞いは首を傾げることが多いが、それでもわりと静かに応援している。
2003年のときは本当に燃えたけどなあ…。

そんな野球好きがいまだ生活に役立っているのだから、非常にありがたい話だ。

もう1年近く前のことになるのだけど、宝島社の野球ムックで書かせてもらったとき、あるブログでほめてもらったことがあった。
こういうのって、書いている人間にとっては本当に嬉しいものなのだ。

というわけで、勝手にそれを引用してみよう。
え? やばいって?
いや、向こうもおいらの原稿を引用しているくらいだから、持ちつ持たれつなんじゃないかな(笑)。

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先日、またぞろタイトルに惹かれて
別冊宝島の「プロ野球「ダーティ・ヒーロー」列伝」を
買ってしまいました。

まぁ別宝のムックなので、知っていることも多いのですが
なかなか読み応えがあって、楽しい一冊でした。

(でも、こちらでだした新撰組本の1ページコラムで
芹沢鴨が、すっかりフライデーの清原調にされた文
「ワイや、新撰組の芹沢や」って感じではじまって
以上芹沢鴨調でおとどけしました。でシメる。
が未だにツボなのですが)

中でも、以下の****さんが書かれた
「甲子園のダーティ・ヒーローになった明徳義塾高校ナイン」
というコラムが秀逸でしたので
一部を抜粋して紹介します。

「第4打席、二死ランナーなし。明徳義塾の河野和洋投手は四球外に外した。ブーイングに包まれる甲子園。それまでの打席、松井は一度も勝負をしてもらえなかった。そして、9回にまわってきた最終打席。キャッチャーがベースの外に構えると、スタンドの暴発が始まった。「勝負しろ!」という罵声。投げ込まれる空き缶やメガホン。それは、ここで阪神対巨人の遺恨試合が行われているかのような、もしくはそれ以上とも言える異様な雰囲気であった。
 結果、明徳義塾は3対2で逃げ勝ったが、世間の反応は厳しいものだった。
「高校野球は教育の一環であり、勝つことだけにこだわりすぎるのはいかがなものか」
 その大勢を占めた意見がこれである。教育の一環だからこそ、たとえ負けても真っ向から勝負すべきだ、ということだろう。結果、明徳義塾はすっかりダーティ・ヒーローとなってしまったわけである。
 だが、その議論は噴飯ものだ。野球はチーム同士の真剣勝負である。それが高校生であろうと教育であろうと関係のないことだ。
 それに見ている側に教育なんて意識があったのかと言いたい。少なくとも、スタンドからものを投げ込んだり、明徳義塾ナインに対して嫌がらせの電話や投書を送りつけるような人間が教育を論じる資格なんてない。

(中略)

 野球の名門校と呼ばれている学校は、野手の獲得や設備、監督やコーチなどに莫大な投資をしている。学校経営者がなんの見返りもなしにそれをおこなっているわけではない。学校の宣伝なり、自身の名誉欲なり、それぞれの目的のために金をつぎこんでいるのだから。
 そして、裏には朝日、毎日というマスメディアの利権が横たわり、NHKという化け物から供出される莫大なマネーが動く。誰が考えたって、れっきとした営利行為だ。これを教育の一環とよぶなんて笑わせる。
 明徳義塾はなにも非難されるようなことはしていない。堂々と戦って勝利したのだ。褒められこそすれ、けなされるいわれはない。
 素直になればいいのだ。みんな、松井が打つところを見たかった。それなのに、「脇役」であるこのピッチャーが勝負しないから怒ったんだと。要するに、松井のバッティングが見られなかったから、甲子園へ行って損したってことだ。まどろっこしいことを言うよりも、これくらい素直なほうがわかりやすい。
 事件とも言うべきこの5敬遠は、我々に大事なことを教えてくれた。もはや、高野連がどんなに取り繕おうとも、高校野球が立派な興行であるという事実だ。さらにつけ加えれば、高野連は球児たちの宿泊施設の認定から、出場資格の扱い、ドラフト制度に至るまで、規制で縛り付け、既得権益の温床ともいうべき団体になっている。高校野球がかわった以上、彼らも変わるべきなのだ。   (後略)」

少々長い引用でしたが
昨今取りざたされている問題の
もやもやをはらしてくれるような気がしませんか。

興味をもちれましたら
是非全文を読んでほしいですね。

高校生を取りまく問題としては
高校駅伝の1区に留学生が走ることが出来なくなったことも
要因の一つに、テレビの視聴率との関係があるようですし
西武の今回の問題についての裁定も
コミッショナー自身はモノイイこそは
法曹界云々を持ち出したりと、
大層厳しいのですが
それほど厳しくない。

ただ、それは
これ以上厳しくすると、
他の球団にも問題が波及するからということで
その他の球団のなかでも、筆頭といえるのが、
コミッショナー氏と懇意にしている(というか傀儡?)
某チームである。という
陰謀史観論者みたいなことまで
思ってしまうのですよ。

いよいよ僕らが、メディアを監視する
情報に対するリテラシー能力が
ますます、大切になってきますね。

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これを書いてくださった方は、まさかそのライター本人が「陰謀史観論者」であることまでは知らないと思うけどね。
いや、本当にどうもでした。
こっそりお礼申し上げます。

ただ、反省することもある。
正直言って、冗長な文章だったなと思うんだよね。
文章ってやつは完璧なものが存在しないので(ある意味、三島由紀夫の文章が完璧だってことは同意する)常に上を目指して努力しないといけませんな。

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200802272034
うぐぁっ! と、叫びたい瞬間があるのも、底辺ライターであるからというわけで…

今日もまたエロ本話でも書こうかなと思っていたのだが、底辺ライターらしいエピソードがタイムリーに飛び込んできたので、この話でも書こう。
本当に酷い話なのだ。
ただ、おいら個人としては、むしろよかったと思うこともあるので、相手を恨んでいるわけではないことを先に伝えておこう。
逆にいえば、こんな状況を楽しめるような人間でもなければ、この世界ではやっていけないということだ。

ライターになりたい、編集者になりたいと思っている人…悪いことは言わないからこれを読んでから考えたほうがいい。
大手出版社に入れる優秀な人はべつだろうけど、中堅以下は、あたくしのような底辺を含めて似たような状態にある。

さて、いま、おいらは日本のある単行本の原稿を書いている(同時にムックと雑誌の原稿と、出版社に出す企画書も抱えているが、それはとりあえず置いておく)。
発売は5月初旬の予定で、〆切は3月15日だ(実際には土曜日だから17日でもかまわんと思うが、まあ目安だな)。

もともとの話では、誰かが書いていた原稿を軽くリライト(つまり誰かが投げた?)し、追加でいくつかネタを足せばいいということだった。
そのために、印税率も*%とか、とんでもないことを言われたが、楽な仕事だからまあいいべって感じに思っていた(念のために言っておくが、手抜きで粗製濫造しようという考えはまるでないからね)。

印税率はともかくとして、なかなかナイスな話もあったのだ。
書籍や文庫、ムックの扱いではなく、コンビニ向けの廉価本であるという。
一見、条件が悪いように聞こえるかもしれないが、実は部数がまったく違うのだ。
おいらたち出版業界の人間からすれば大変微妙なのだが、コンビニ本は売れる。
そして、流通にまわす手数料が高いこともあって、出版社もまとまった部数で勝負しようとする。
なんと、最低でも3万部は刷るというのだ!

ハリーポッターのような化け物本の数字を見慣れている読者の方々は、大した数字じゃないと思うに違いない。
だが、いままでにおいらが書いた単行本で一番売れた(刷った)のは、増刷がかかったものでもわずか1万1000部(文庫)。
印税率が低くても、儲けはこの本のほうが大きいのだ。
この本を書けば、中国で楽々半年…いや、1年暮らせるのである。

もっとも、最初に楽だと聞いていた仕事が、本当に楽に終わった試しはない。
この本でも同様だ。

最初はわりとお堅い感じの本になる予定だった。
それが、向こうの編集者と話しているうちに、だんだん芸能方面に近い本の企画へと変わっていく。
これを聞けばだいたい想像がつくだろう。
ジャンルがまったくべつの本になるってことは、要するに、最初から書き直すのも同じだってことだ。

そもそも、おいらはあまり芸能ネタは好きじゃない。
ほとんどテレビも見ない人間だ。
数年前だったかな…日本で一番テレビを見ないくせに、おそらく日本で一番忙しかっただろう女子アナライター(もっとも、名前を出して書いてなかったけど)として君臨していたのは…。
滝川クリステルさん、中野美奈子さん、西尾由佳理さんあたりには、とてもじゃないけど顔向けできない(する機会もないだろうけど)。

例によって話がそれたが、とにかく書き直しとなってしまった以上は仕方がない。
こちとらプロでございますのでね。
どんな文章だって、読者のためになら書かせていただきましょう!

向こうからテイストに関する注文を聞いた。
ライターはこれに忠実に仕事をしなければならない(その上で自分の色も出さねばならない)。
2月25日までにすべての章立て、ネタを決め、ある程度のサンプル原稿を作ることが要求された。
ちなみに頼まれたのはその数日前だった気がする(それができなきゃ干されるまで)。

今日、それに関する返答があったというわけだ。
はっきり申し上げて、普通の人なら頭真っ白になるか、暴れるかするんじゃないかと思う内容の電話だった。

まず、この内容について、営業と相談したという話が切り出された。
出版社において、営業はかなりの地位を占めている。
タイトル、帯の文句のみならず、内容までもが営業によって左右されるのだ。
だが、この業界長いおいらは、すぐにいやーな予感がしたのである。

なぜにいまさら営業の話が出てくるんだ?
すでに営業と話し、テイストを決めて、その上でこっちにサンプル出すように言ってるんと違うのか?

予感は大当たりである。
早い話、芸能ネタ路線では競合が多い上に、その出版社の雰囲気にも合わないから、もっと堅い路線でいけと言うわけだ。
180度変わったものが、また180度まわってしまったと、まあ、そういうわけである。

しかも、これは詳しいことは書けないが、元原稿のネタはほとんど使えないってことになったのだ。
要するに、おいらは、これから新規に構成を考えて、すべて書き下ろさなければならなくなったと、まあ、そういうことである(印税率の話もごまかされっぱなし)。
もちろん、〆切は変わらない。
5月に出すことだけは確定なのである。

まだある。
さっき、コンビニ本の話をしたが、実はそれもまだ決まっていなかったようなのだ。
文庫にするか、廉価本にするか、まだ営業が迷っていると…。
初版3万部になるのか5000部になるのかまるでわからんということである。

さらに言わせてもらえば、最近、苦労してアマゾンで取り寄せた資料の本もほとんど役に立たなくなった。
その分、経費を寄越せなんて、もちろん言えるわけがない。
うぐぁっ!

とまあ、愚痴っぽく書いてしまったが、実のところを言えばさほど気にしていない。
こんなこと、いつものことなのだ。
いやあ、本当にとんでもない業界だわね。

それに、実は、お堅い路線で書かせてもらったほうがいいんじゃないかと、元編集者のあたくしは思っていた。
芸能やらなんやらを含めると、なんの本だかわからなくなるし、コンビニで売ろうが、本屋で売ろうが、確実に沈んでしまうと思う。
それだったら、ハッキリと読者の知的好奇心にターゲットを絞ったほうがいい。

だいたい、おいらの原稿を使ってもらえるのは、普遍的なことに見せかけつつ、業界でタブー扱いされていることも含めて、世の中の真実を匂わせることが得意だからと思っている。
あらゆるジャンルの原稿を広く浅く書くしかない現状には忸怩たる思いがあるが、それでも、自分の色だけは絶対に出すようにしている。
この世界、コネがすべてじゃないかと思っている人もいるようだけど、それは絶対に違う。
最初は仕事をもらえるかもしれないが、すぐに干されるはずだ。
その例として、元の原稿を軽く読んでみたが、とてもじゃないが素人もいいところだった。
これじゃ、読者に金を払わせるなんてできるはずがない…そんなふうに、あたくしのような底辺ライターですらため息をつくような内容だったのだから。
それでおいらのところに仕事がまわってくることになったのだろう。
たとえネタを流用したとしても、この原稿を書いたやつにはろくなギャラは支払われないはずだ。

まあ、そういうわけで、この本でのギャラがいくらになるのかわからないが、おいらは前向きにとらえているということだ。

そんなメチャクチャなと思うかもしれないが、これがこの世界の現実だ。
夢だけで出版業界に飛び込もうと思っている人、まずは冷静になることをお勧めする。
それでもやりたいという大バカ者(いい意味も含めて)は常にウェルカムだ。

今回はライターに特化した話をしたが、そのうち編集者にまつわる話もしたいと思っている。

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200802271906
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